2008年03月18日

素晴らしい人たちと夢を実現させて頂きました

りホームか新築か、検討していたのは2年前
元の位置に新築と決めて、着工してから延べ8ヶ月
3月17日大安、仮住まい先から引っ越して、夢が実現した

ハウスメーカーか在来工法の工務店かを迷った挙句、会社でお付き合いのある松陽工務店さんにお願いした。
予算の設定から入り、事前の打ち合わせは大変でした。
結論は“施主側、施工側双方に満足する家造り”をやろうでした。

まず、「家風にマッチする設計士さんを」ということで、浅尾先生を紹介して頂いた
大の阪神ファンで、大手ハウスメーカーの設計部長から独立された方。
初めての打ち合わせ
「どんなご家族ですか?好きな食べ物は?趣味は?・・・」
家のつくりの話からは程遠い話だったように思う
1時間ほど話したでしょうか、先生から意外な一言
「大体分りました。次回、イメージ図面を持ってきます。」
えっ!こんな話だけで・・・?

なんと、持って来られた図面は、我々が求めていた家そのものでした。
「固定観念を捨て、施主さんの家風を頭に描き、設計することが、どれだけ喜んでいただけるか、長い経験から培いました。独立した理由の一つです」
この時、設計士さんと我々の距離が一気に縮まったと思います。

本図面が出来、いよいよ着工です(07.7月)
社長、専務、M部長、O部長そして現場監督のKさん立会いで、越木岩神社宮司様のもと地鎮祭が真夏の中行われました。

10月には上棟式と、とんとん拍子に事が運びました。
その席上、工務店の社長の挨拶で
「これからが大変です・・・」と
我々家族はきょとんとしていました。
「こんなに順調に来ているのに?」

当初、完成は12月半ば。それが3月に至ったのが、まさしくでした。
形が具体的になればなるほど、細かい打ち合わせが頻繁に持たれました。
そこは右に、その高さは高く、色は明るめ、もっと大きく等々
進んだり、戻ったり
家族の意見がまとまらない時は中断したり、設計士さんの意見と違ったり
正に、社長の言われた通りの展開が起きていました

生みの苦しみが大きいほど、喜びは大きくなる
それを体験しての3月17日は、工務店さんから我々の手に責任と共に、持ち主が移転した。M部長が
「今日から、この家の管理は全て樋口さんに移ります。万全の体制でお過ごし下さい」の挨拶。
妻から
「8ヶ月の長いお付き合い、完成したのは嬉しいけど、皆さんとお別れするのがもっと寂しい」
この言葉にジーンと来てしまった。正に同感!
色々なことが、走馬灯の如く思い出したからだ。

特に、現場監督のKさんには無理難題を数々言ってきたなー
その度に、拒否せずトライしてくれたことが・・・
上司に叱られたり、ご近所に過分の気遣いをしたり
その度に成長している貴方の姿には感銘さえ覚えました。

窓口として、色々教えてもらったり、設計士さんとの橋渡し役を、いつも丁寧に実直にやっていただいたM部長には感謝感謝です。
的確な指示を現場監督に下ろしていただき、問題解決を早めていただきました。
時には、自宅の写真を参考例に見せてもらったり、親身になってもらっている安心は常にありました。

途中から現場の応援を頂いたO部長
妻の不安をあらゆる角度からの提案で、救ってくれました。
素早い対応で、サンプルを取り寄せてくれたり、問題点をより早く解決してくれたり
とに角、明るく、楽しく接してくれたことで安心をくれていました。

もう一人、Nさん
この人が現場に常駐していただくようになって、家族は頼みごとが気軽に出来るようになりました。世の中に、これほど優しく、人の話に耳を傾けてくれる人は出会ったことがない。
嫌な顔一つしないで、細かいことに、忙しくても対応してくれました。
なにより、現場監督は心強かったと思います。

松陽工務店の考え方は『松陽でやって良かった!と必ず思ってもらえる家造り』らしい。正に、その体験をさせて頂きました。
何より、アフターの信頼を持てることです。

返済の重圧のある、やや背伸びした夢の実現でしたが、勇気と希望をもらったように思います。

最後に、浅尾先生には家具や照明や、フローリングだのと連れまわりましたこと、中心からお詫びを申し上げます。虎キチどうし、今後とも宜しくお願いします。









tenhiko1875 at 13:33コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へ | ひばりの独り言 

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