2012年04月18日

海外展開が出来ている理由

2005年にタイへ進出、2007年に上海へ進出
30名程度の中小企業、しかも基幹産業である鉄鋼の流通
それが2か国に進出している
自社のことながら信じられないと思うことがある
先日のNHKのインタビュー(放映されなかったが)にも応えたのですが
私は本当に人に恵まれています」
思い起こせば
タイ天彦を経営してくれている小林君
京都の大学を1年の休学を経て卒業してわが社へ応募
最終面接に数人がいたように思う
『1年間休学でインドネシア等をバックパッカーで周っていました』
成績優秀な他の学生をおいて、この一言で採用を決めた
海外進出などこの時は火種もなかったのですが
ハングリー精神は人一倍あったのは間違いなかった
入社3年目のある日
「小林君、自動車メーカーがどんどんタイに出ているそうや。一度一緒に見に行ってみようか?」
と声をかけてみた。なんで彼に言ったのか未だに分からない
『是非行きたいです!』
と二つ返事
右も左も分からないタイなのでメイン商社にアテンドをお願いした
想像以上の発展ぶりに目を白黒
帰国後
「小林君、タイって面白いなー。興味ない」
『東洋のデトロイトって本当ですね!これから発展しますよ!』
「しばらく行ってみるか?」
『いいですよ、行きます!』

こんな軽い会話で成立したのですから驚きです
当時27歳の彼
小林夫妻8年目になり
十数人を抱える立派な企業にしてくれている
駐在中に知り合ったチュラ大学卒の
才女と結婚、息子と3人暮らし
タイ素晴らしいスタッフ
他の日系企業から
(どうしてそんな優秀な子を採用できたの?)





一方、上海天彦
2005年のある日
家族で韓国ツアーに参加した
同じツアーに新婚旅行のカップルがいた
日本語を話すので日本人?
いやハングルを話すので韓国人
あれっ?中国語を話している

帰り便で、隣の座席に2人がいた
「あのー君たちはどこの国の人?」
日本語で
『中国人です。日本に留学中(関西学院大学院)です。』
「韓国には観光に?」
『ええ、新婚旅行です。お祖父さんのお墓もあるんで・・・・』
「日本で働くの?」
『今就職活動中です。妻は上海人で上海で働きます。私は日本が好きなので・・・』
「じゃ、日本で再開して食事でもしよう」

名刺を渡して、その日は別れた
数日後に会食を持ち
『就職させて欲しい。』と来社することなく決めたから不思議
その彼が本社で2年半
ある日
『会社を辞めないといけないのです』
と深刻な顔で
「何故なん?君は日本にいたいって言ってたやない。」
『妻が上海なので、両親からきつく叱られて、上海で一緒に住みます』

とっさに
「中国を知りたいから、1年間上海でFS活動に付き合ってくれないか?」
『妻の両親を説得します。1年なら良いと思います』

中国進出は成功率が低いと思っていたので、この時点では出る気は全くありませんでした。

朴ちゃん当時28歳
それから話が進み
2007年に上海天彦祥が設立するとは
先日朴君夫妻が来日
改めてわが家族と談笑
二日後に朴君の誕生日で
ケーキ『僕の人生は凄くついています。彼女と北京の大学で出会って結婚できたこと、あの飛行機で運命的な出会いで今日日系の上海天彦祥で経営陣としてやれていること、本当に感謝です!』と

今日のタイと上海への進出
彼らがいなかったら、絶対に実行していない
本当に運命的な出会いの人達です


tenhiko1875 at 13:18コメント(0)トラックバック(0)ひばりの独り言  

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