2008年03月

2008年03月25日

社員代表(TM会)の慰労会

我が社にはTM会というのがある。
「Tomorrow Management」の略で、期末に全社員の投票で3名、社長指名で2名が選出される。選ばれた人は社員の代表として、社員の声を集め、月に1度、社長との意見交換会を持ちます。
経営のあり方、委員会活動のあり方、企業活性化の促進等々幅広い内容で議論します。これらの内容を経営会議にかけ、決済を行います。
ですから、結構重要な役割を背負っています。

一年間の慰労を昨日行った。
一年を振り返る良い機会なのですが、色々な革新があった。
天晴れ運動を軌道に乗せたこと、
社員が持っている資格を引出し、玄関にパネルで掲示したこと、
子供参観日を開いてくれたこと、
天晴れセミナーを充実してくれたこと、
有給休暇を取り易い環境にしてくれたこと、
残業に対する不満を、管理職を巻き込んで解決に動いてくれたこと等々
数え切れないほど実績を上げてくれた。

意見交換会では結構、タイトな議論になって、雰囲気が気まずくなることも
それらこれらが、結構彼らの成長に結びついている。
一年間を終えた充実感からか、この日は結構酔っ払った

また、新たなメンバーと一年間がスタートした
社長にとって、至福の時間が・・・・
ご苦労さん!そして、また頼むよ!

2008年03月18日

素晴らしい人たちと夢を実現させて頂きました

りホームか新築か、検討していたのは2年前
元の位置に新築と決めて、着工してから延べ8ヶ月
3月17日大安、仮住まい先から引っ越して、夢が実現した

ハウスメーカーか在来工法の工務店かを迷った挙句、会社でお付き合いのある松陽工務店さんにお願いした。
予算の設定から入り、事前の打ち合わせは大変でした。
結論は“施主側、施工側双方に満足する家造り”をやろうでした。

まず、「家風にマッチする設計士さんを」ということで、浅尾先生を紹介して頂いた
大の阪神ファンで、大手ハウスメーカーの設計部長から独立された方。
初めての打ち合わせ
「どんなご家族ですか?好きな食べ物は?趣味は?・・・」
家のつくりの話からは程遠い話だったように思う
1時間ほど話したでしょうか、先生から意外な一言
「大体分りました。次回、イメージ図面を持ってきます。」
えっ!こんな話だけで・・・?

なんと、持って来られた図面は、我々が求めていた家そのものでした。
「固定観念を捨て、施主さんの家風を頭に描き、設計することが、どれだけ喜んでいただけるか、長い経験から培いました。独立した理由の一つです」
この時、設計士さんと我々の距離が一気に縮まったと思います。

本図面が出来、いよいよ着工です(07.7月)
社長、専務、M部長、O部長そして現場監督のKさん立会いで、越木岩神社宮司様のもと地鎮祭が真夏の中行われました。

10月には上棟式と、とんとん拍子に事が運びました。
その席上、工務店の社長の挨拶で
「これからが大変です・・・」と
我々家族はきょとんとしていました。
「こんなに順調に来ているのに?」

当初、完成は12月半ば。それが3月に至ったのが、まさしくでした。
形が具体的になればなるほど、細かい打ち合わせが頻繁に持たれました。
そこは右に、その高さは高く、色は明るめ、もっと大きく等々
進んだり、戻ったり
家族の意見がまとまらない時は中断したり、設計士さんの意見と違ったり
正に、社長の言われた通りの展開が起きていました

生みの苦しみが大きいほど、喜びは大きくなる
それを体験しての3月17日は、工務店さんから我々の手に責任と共に、持ち主が移転した。M部長が
「今日から、この家の管理は全て樋口さんに移ります。万全の体制でお過ごし下さい」の挨拶。
妻から
「8ヶ月の長いお付き合い、完成したのは嬉しいけど、皆さんとお別れするのがもっと寂しい」
この言葉にジーンと来てしまった。正に同感!
色々なことが、走馬灯の如く思い出したからだ。

特に、現場監督のKさんには無理難題を数々言ってきたなー
その度に、拒否せずトライしてくれたことが・・・
上司に叱られたり、ご近所に過分の気遣いをしたり
その度に成長している貴方の姿には感銘さえ覚えました。

窓口として、色々教えてもらったり、設計士さんとの橋渡し役を、いつも丁寧に実直にやっていただいたM部長には感謝感謝です。
的確な指示を現場監督に下ろしていただき、問題解決を早めていただきました。
時には、自宅の写真を参考例に見せてもらったり、親身になってもらっている安心は常にありました。

途中から現場の応援を頂いたO部長
妻の不安をあらゆる角度からの提案で、救ってくれました。
素早い対応で、サンプルを取り寄せてくれたり、問題点をより早く解決してくれたり
とに角、明るく、楽しく接してくれたことで安心をくれていました。

もう一人、Nさん
この人が現場に常駐していただくようになって、家族は頼みごとが気軽に出来るようになりました。世の中に、これほど優しく、人の話に耳を傾けてくれる人は出会ったことがない。
嫌な顔一つしないで、細かいことに、忙しくても対応してくれました。
なにより、現場監督は心強かったと思います。

松陽工務店の考え方は『松陽でやって良かった!と必ず思ってもらえる家造り』らしい。正に、その体験をさせて頂きました。
何より、アフターの信頼を持てることです。

返済の重圧のある、やや背伸びした夢の実現でしたが、勇気と希望をもらったように思います。

最後に、浅尾先生には家具や照明や、フローリングだのと連れまわりましたこと、中心からお詫びを申し上げます。虎キチどうし、今後とも宜しくお願いします。









2008年03月14日

ホワイトデーの水面下情報

あれから1ヶ月、今日はホワイトデー
我が社は独特の雰囲気になる
なれない奴らが、女性へのお返しを考えるからです
因みに、女子社員は10名、男子は35名

バレンタインデーは女子社員がカンパしあって、全男性社員に渡してくれる
男子社員はそうはいかないよね
10名の女子社員にそれぞれが・・・

ところが、朝から怪メールが流れる
管理職以外の人たちからだ
「ホワイトデーのお返しをされる方、まとめてやりますので参加される方はお知らせ下さい」
メール機能は内緒話に最適(笑)

流石に管理職はそうはいかないよなーN次長、M課長
えーっ!返信入れたの?

私は2週間前からちゃんと用意していましたよ
「社長ありがとうございました」
喜んでくれている姿に、鼻高々

・・・・(妻に感謝しています)・・・

2008年03月10日

もう銀婚式?

言うまでもなく結婚25年目は銀婚式
まだまだと思っていたが、3月7日はその日だった
紙婚式、銅婚式・・・銀婚・・・金婚式、ダイヤモンド婚式と段々硬くなっているそうです。銀は独特のサビがあり、夫婦のあり方を考え直す転機を意味するそうです。
なるほど、それまでの結婚記念日より迎え方が違ったように思う。

ホテルで家族でステーキでも、と企画していたが、生憎前夜に妻は風邪をひいたようで、寝込んでしまった。当日、ホテルへはキャンセルを入れた
何か思い出に残そうとしたが、妻から買い物を頼まれた。
なんと!『もつ鍋の用意買ってきて、元気つけたいから』
銀婚式にもつ鍋?
気落ちしたまま夕食の時間になったが、逆に思い出に残ることかも
宅急便が届いた
我が社の本部長からの紅白のワインだった(これは後日頂くことに)
ありがたい部下です。

食事が終わり、娘達が片付けに動き
別の部屋から、何か箱を持ってきてくれた
『銀婚式おめでとう!開けて見て?』
ケーキ2

おいしそうなケーキを用意してくれていました。
いつも以上におおげさに喜ぶ妻は風邪をどこかに追いやったようです。
いい夢を見させてもらいました。

そして週明けの今朝、朝礼時にサプライズ!
『社長、銀婚式おめでとうございます!』と
社員から花束のプレゼントが・・・
「えーッ!もう別れられへんなー」とつまらない落ちを言ってしまいました
一寸ウルウルを、情けない照れ言葉で・・・・

素晴らしい銀婚式を演出してくれた皆、ありがとう

2008年03月03日

40周年の同窓会

滋賀県の田舎、甲賀市の『県立甲賀高等学校』(現水口高等学校)を卒業して
早、40年を数えた。
団塊の世代、ベビーブームで育った我々は、1クラス57名で11クラスもあった。
進学クラス3年8組の同窓会が開かれた。
前回から5年経っていて、集まった人数は12名と寂しかった。
同窓会

進学クラスといっても、実際進学したのは半数位だったかも
今では考えられないが、当時としては普通だった。

小・中学校の同窓会も4年毎に開催されるが、半数は出席してくる。
ところが、高校となると、一気に減少する。
大学なんて、招集がかからなく、個人的に親しい者が不定期に集まるくらい。

これには二つの理由があると思う・
高校時代に良い思い出を持っているかどうか、もう一つは、その後の人生がどうだったかによる。
嫌な思い出、思いでそのものに乏しい人、その後の人生に話せるようなネタが無い人は参加しないように思う。
最も、同窓会そのものに興味の無い人は別だが・・・

今回は40年ぶりに参加してくれた級友がいた
『借金、倒産と波乱万丈の人生から脱出して、今やマンション4棟のオーナーになった。大学も行かずに、下積みから頑張ってきた・・・』等々、彼の話は尽きない。
高校時代はあまり目立つ存在ではなかったが、成功している彼の目は輝いていた。
同窓会に参加して、今の自分を見て欲しかったのだろう・・・
迫力があり、男らしさを前面に出していた。
思わず、負けてられへん!と勇気付けられたのは、私一人だけじゃなかったと思う。

反対に、倒産、離婚の悲劇からやっと立ち上がれた級友もいたが、過去にタイムスリップすることで、心を癒してくれたようだ。

同窓会の良さを両面で体験できた気がする。
そう想うと、何時までも参加できる自分づくりをしていないといけません。

二次会でカラオケ店に行った。若い男女ばかりで気がひけたが、ぞろぞろと12人用の部屋に案内された。40年代の歌を中心に歌っていたが、どれもこれも悲しい歌ばかり。改めて、過去の時代認識をさせてもらった。
幹事さんご苦労さんでした。


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