2008年01月

2008年01月29日

前号で予告していましたが、タイ式結婚式を満喫してきました。
と言っても、新婦がクリスッチャンなので、本来のタイ式ではありませんが

小林5

五つ星のマリオットホテルのガーデンプレイスは芝生
午後2時
バージンロードに可愛い子供が花びらを撒いて先導する
その後に、新婦インちゃんとお父さんが腕を組んで入場
待ち受ける新郎小林君・・・(こんな顔見たことがない)

神父さん(アメリカから来られた韓国人で、凄く偉い人らしい)の前に
賛美歌【I COULD SING OF YOUR LOVE FOREVER】が流れる
参列者の合唱が始まる
英語が不十分な私は、軽い孤独感を覚えながら、サビの所だけ口ずさむ
日本でのそれとは全く違う

神父さんのお説教が30分に渡ってあった
端々の単語を聞き理解しようと・・・
神父さんのオーラが出ている。なんて優しい顔なんやろう・・・
後半になると、新郎新婦だけじゃなく、会場の皆が涙している
新郎の妹さんが母親に通訳、二人とも感激の涙が・・・
私の目にも熱いものが・・・この神父さんのオーラは凄い!
隣の席に同業の日本人社長が理解されたようで
『こんな心のこもったお説教は聴いたことが無い。日本語に表現できない。あんなお説教を言ってもらえば、お互い慈しみあうはず。素晴らしい・・・!』
彼の目も赤く染まっていた。

両親への花束の贈呈があった
国際結婚、特有の雰囲気があったが、涙涙のご両親と新郎新婦の姿は、日本で見るそれと同じだった。小林6

1時間半のウェディングは感動の内に終った
夕方6時からリバーサイドでパーティーが予定されている(披露宴)

6時に指定の場所に行った。日本人お顔ばかり・・・えーっ?
タイに10年居るコンサルの福田さんが
『タイ人は6時からだと、7時に来る人は早い方、7時半頃来るよ。そして、いつの間にか始まり、延々と続き、いつの間にか終焉する。恐らく日付けは変わりますよ・』と
ビュッフェスタイルで、各々のテーブルで乾杯が、食事が・・・
開始の合図があったのかどうかは分らない

前日、突然新郎が『社長!忘れてました。パーティーで最初に一言添えて、乾杯お願いします。』
『・・・・・そんなー今頃???』
慌てて、スタッフのPinちゃんにタイ語の特訓
サワディークラップ
ポン チュウ ヒグチ(私は樋口です)
コーサディーン ホワム ギンディー クラップ(ご結婚おめでとうございます)

7時頃
なるほど、タイ人がゾロゾロ集まりました。
家族連れで・・・
7時半には隣に重要なパートナーBSSのSuvit夫妻が到着
全く、遅刻の意識は無さそう
即、飲み食いが始まる
小林3

新郎新婦が入場してきた(実は受付横で、6時からずっと立礼していたらしい)
小林4

壇上にご両人が立つと、司会者から『ミスターヒグチ!』のご指名
特訓のタイ語でやりました。反応は上々いい気になって、後は日本語でべらべらと
次にアメリカ人が乾杯 そしてタイ人が乾杯
私の時より、大うけしている

正面のキャンドル、ケーキカットと進む
小林1

後は歌うわ、飲むわ、子供ははしゃぐわ、わっしょいわっしょい
新郎の親族達といっしょになって「乾杯」を歌ってしまいました。
途切れることなく、舞台へ各国の人たちが入り乱れる
これが日付が変わるまで?


時計を見ると10時、4時間が経過した
正面の舞台に、新郎新婦と新郎のお父さんが
『両家を代表して、一言お礼と中締めのご挨拶を・・・・』
と日本式を入れられた。
小林2小林7小林8









新郎からもお礼の言葉があって、お開きに
心配していた日付が変わるまでは、避けられました。

心の底に思い出の残る結婚式を体験できました。小林君に心からおめでとうと言いたい。良かった!

帰りがけ、新郎のお父さんに声をかけられました

『息子はずっとタイですかね・・・・?』

『・・・・』

言葉が出なかったこと、お許し下さい。
きっと彼が決めると思います。

tenhiko1875 at 13:16コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年01月25日

凍りつくような上海から(2度)、今日はバンコクです(32度)

実は天彦タイ駐在所の小林所長が、25日現地で結婚式を挙げるためです。お相手はタイ美人のインちゃん(タイの東大と言われるチュラルコン大卒業)。
なんと200人を越える列席者。クリスチャンスタイルで、なんでも韓国から世界的に有名な牧師さんが来られるということで、アメリカから50名のミッションが来るらしい。日本人は50名、タイ人が100名位と聞いている。

五つ星のマリオット・ホテルのガーデンプレイスで14時から挙式、18時からパーティーの予定。この模様は帰国してから報告します。

小林所長のご両親と一昨日夕食をご一緒した時の話
お父さんは名古屋の方で会社経営をされている。お母さんは昨年、胃の全的手術を受けておられたが、元気に復帰されている。
『この親にして、この子あり』はこの家族のためにあるかと
自由に、のびのびと育てたれている。

お母さん曰く
『小さい時、この子と幸福の木を買いに行きました。色々な大きさの木があり、どれも同じ値段でした。息子に選ばしたら、一番小さな木を選びました。なんで?』
彼はこう答えたそうです
『だって、一番育て甲斐があるやん!』
お母さんは
『変わった子やなー。この子は普通の生き方せんやろなー』と思ったそうです。

わが社の名刺の裏にプロフィールを入れているが、
彼はそこに、『尊敬する人 両親』と書いている。
昨今、奇怪な事件が起きている。息子が親を殺すとか、兄弟を殺すとか
小林家を見ていると、世の親御さんや教育者に是非、参考にしてほしいと思う。

『お母さん、長い時間本当に大丈夫?一番心配やわ?』
というのも、結婚式は日本スタイルで留袖を着るそうです。(妹さんは振袖)
32度の屋外だけに、こちらも心配する

お母さんは
『今まで何もしてやれなかった。せめてこの時ばかりは・・・』
『気合で頑張るわ!』

思わず目頭を熱くなりました

tenhiko1875 at 10:08コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年01月22日

18日から4日間上海に出張しました。
行く度に、事情が変わっているのが、この国の特徴ですね。

とに角寒さは一味違う。“冷たい!”という表現が合うかも
というのも、上海人は暖房をとる習慣が少ないらしい、事務所、ホテル、タクシーに至って、暖房が効いていない。逆に、服装は、部屋の中、車中でも完全武装で着込んでいる。
乗ったタクシーに「暖房入れてくれ」と言うと、スイッチをONに、暫くすると、運転席の窓が少し開けられる。恐らく、着込んでいるので暑いのだろうが、こちらは寒くって・・・暖房の意味無いやないの・・・?(言葉が出来ないので我慢だったが)

京都議定書や地球環境問題を言われているが、日本より、ある意味実行しているかも、但し、工場は我関せずスタイルだが・・・

 08年はオリンピックイヤーで開催は北京、同じ中国内でありながら、上海で五輪マークの看板を見ることが無かった。もっぱら来るべき新年(旧正月)への看板ばかりが目に付いた。現地人に聞いてみると「知っているけど関係ない、それより帰省の切符を手に入れるのが一番」と関心を示さなかった。
北京とはライバル関係にあることもあるが、中国は合衆国かもしれない

 相変わらず建築ラッシュで、世界一ののっぽビル「森ビル」も完成間近、120数階のビルは外目にも揺れている感じがする。
ところが、内情は大きな変化をしている。バブル崩壊の危機感から、金融引き締めを強化している。二戸目のマンションを買う場合の金利は消費者金融並み。投機と分ればストップされる。
影響が企業に及んでいる。個別対応の決め細やかさが無いこの国は、企業の融資も極端に引き締めている。仮に借り入れ枠があっても、ストップしたり、ひどい所は融資前日にストップの通告が行く。外資系、ローカルに関わらず起きているため、現地日系の中小企業は困惑している所が多い。
「与信問題が出てきている」(某銀行筋)

 1月から雇用に対する法律が変わっている。3年間雇用契約を結べば、終身契約を結ばないといけなくなっている。政府は労働者保護を前面に施行しているが、企業側、労働者側に不満が続出している。また、地方労働者の就職難に繋がる可能性もある。「抜け道は結構ある」(ローカル企業経営者談)

 上海天彦祥商貿有限公司を持つ我が社にとって、厄介な国ではあるが、需要は相変わらず旺盛、現有スタッフではこなせない状況になってきた。
今回の出張で、次の打つ手は見えたような気がする。



tenhiko1875 at 12:06コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へ耳寄り情報 

2008年01月17日

次女が成人式を迎えた
『もう?本当に二十歳?』の会話で、すっかり自分の歳を横においている自分がある
振袖姿に、眩しささえ覚えたが、この着物は家内の妹が着たもの
実は長女が4年前に成人式を迎えたが、その時は家内の振袖を着た
20数年前の振袖を、義母がきっちり保管してくれていたから、全く痛んでいない
ビックリしたのは、柄に違和感全く無く、改めてそのセンスよさに感心させられた。
人生に何回も着ない高額着物は、2世代に渡って陽の目を見たのである
是非、3世代へと、娘達に話した



tenhiko1875 at 16:32コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へ耳寄り情報 

2008年01月15日

我が社では、年間行事として毎年、今宮戎に社員と祈願に行く。
今年はお取引先さんも一緒に30人弱のメンバーに膨れ上がった。

会社を出発前に、初出式で使ったお酒の残りで『お神酒や!乾杯!』と
事前準備として、語呂合わせの小切手を切るが、今年は2枚に分けて
1枚は『2951(福来い)』、もう一つは『13355(創業133年GO,
GO)』

戎さん

毎年、苦労する。
というのも25年前に、関西テレビのニュースで我が社の小切手が映つり、話題になりました。以来、また映るかもと・・・(単純ですわ)



さて今年は本戎の10日に出向いたというのもあるが、南海今宮戎駅から大混雑!30年以上続けているが、こんな入場制限までされた記憶が無い。
日経新聞の景気所感なる記事は本当なのか?大阪の中小企業の30%以上、年末賞与を出していないと聞く。
この混雑は、不景気を表しているのと違いますか?
6:30に集合したが、裏の半鐘を叩いて、鳥居を出たのが8:30。大変な戎さんだった。

そして、縁起もんのお飾りを買うわけだが、毎年大きくしていく。大きなものになると8万とか10万とか・・・・。
この交渉が楽しい。今年は定価約6万円を4万円にディスカウント。やったー!



小切手


縁起もんを値切るのが関西人かも・・・福が逃げないことを祈るばかり

誤解無いようお断りしておくが、境内での笹に付けた縁起物のお飾りは定価で購入しました。

『ショウバイ ハンジョデ ササモッテコイ !』

えべッさんは耳が遠いらしいが、勝手つんぼやおまへんやろうね


tenhiko1875 at 15:00コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年01月09日

1月8日は身の引き締まる想いがある。

明治8年のこの日、初代彦三郎が奉公先の『天九』から独立、鋸製造業『天彦商店』を創業した。

大正5年、二代目彦三郎は当時としては画期的な通信販売で伸展させた。

3代目彦三郎は特殊鋼の販売部門を設立させた。

4代目克彦(長兄)は人間作りに力を入れ、特殊鋼流通企業として存在価値を確立させた。

“三方良しの精神”は脈々と受け継がれてきた。

そして5代目の私は『社員第一主義』を継承しつつ、安定収益体質企業へ邁進している。
『伝統とは革新の連続であり、“こだわりとお役立ち”これらの質と継続がブランドを創る』は東大教授K氏に頂いた言葉だが、これを経営の軸にしている。

140年、150年・・・と継承していく責務は勿論だが、社員を信じて、共に構築していきたい。
2008年は今世紀最初の「末広がりの年」
良いスタートをきりたいものです。

tenhiko1875 at 17:53コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年01月07日

我が家では、元旦7時起床、お雑煮で祝い、40分離れた桜井市へ
スーパーの千本引き(一回5,000円)に向かう。
一年の運試しです。
しかし!今年は出足が早く、着いた時には整理券終了・・・(えーッ毎年やっているのに)
家族は肩を落として・・・ガックリ・・・どうしょう?
待つこと2時間半。整理券を持っているが、くじを引かない人がきっといる!
案の定、35本が残った。しかし、当たりくじは3本のみ(スチーム電子レンジ、親子電話、折りたたみ自転車)
『電子レンジ以外は要らない。当っても、どうしょうもない』と妻の声
『当ってから言ったらどうや・・・!』と心の中で叱り飛ばした?
行列の先頭が私。
35分の1に、念力を込めて、ぽち袋引いた・・・
【15番】! あた あた 当った!電子レンジが・・・・まさに残り福や
その後、初詣でおみくじ  これがまた【大吉】
今年は行くぜー

今年は7日が初出式
毎年、この日に年間グランプリを表彰する
年末に社員が投票し、経営会議のメンバー11名で協議して決めます。
☆まず、新人賞(新人らしく、企業に活性化をもたらせた人)
佐波芳さんと樋口志野(我が娘)、甲乙付けがたいとして2人を表彰(副賞3万円)

☆続いて、期待賞(今年以降、大いに期待を持てる人)
上海天彦祥商貿有限公司の加工先製品の徹底品質管理で、お客さんのアレルギーを取り除けた功績で、末永嘉彦君に(副賞3万円)

☆成長賞(昨年、最も成長した人)
昨年、CS(工場)センターから営業に配属が変わって、Aランク先をいきなり担当し、達成率100%超を成し遂げた成長振りに、伊藤一成君が獲得(副賞5万円)

☆STEP賞(STEP133の経営方針に最も精通した人)
海外製品輸入販売を率先垂範、誰よりも早く、実績を出してくれた出田秀樹主任に(副賞5万円)

☆天彦賞(昨年、経営方針に精通し、貢献度が最も高い人)
タイ駐在事務所の立ち上げから今年、現地法人設立へ進めた功績は非常に大きい。本社・上海・バンコクのトライアングル展開の基盤が出来た。満場一致の形で、小林所長に決定した。(副賞10万円)

感謝・感激を初出式に味わえる自分は幸せ者である

後日、副賞の使い道を全社員の前で、受賞者が披露することになっている。
自分の為、奥さんの為、お母さんの為、子供の為と、様々だが、その披露の日が待ち遠しい。

受賞者との記念写真

tenhiko1875 at 17:08コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 
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