2009年09月24日 16:36

岸和田だんじり祭り〜こだわりどころ〜

彼岸花の咲く田んぼ道、季節はすっかり秋
いつもの感覚と違う9月19日、20日の岸和田だんじり祭り
歴史的には9月14日、15日が正式な日程
引き手難と観光収入減が土日に変更された理由らしいが、この形になって数年
28年間見ている私の目には、日程変化以上の変化が出てきている様に思う
世の中にはびこるコンプライアンスの風を感じざるを得ない
古くから住む人たちは言う
『昔はもっと緊迫しとった。ケンカも多かった。オラがだんじりが一番や!という気持ちが前面に出とった。見るヤツより引くヤツの方が優先や!規制が多すぎる』とは言うものの、日本でいちばん大切にしたい祭りには違いない

岸和田だんじり祭りは試験曳きが二日、宵宮、本宮の四日間で構成している
久しぶりに宵宮の“曳き出しに行ってみた。
時刻は午前6時前
曳き出し1曳き出し2日の出前からスタートする。前日の試験曳きがあってのこの時間。起床は3時とも4時とも言う。駅前の商店街には人盛りが、穏やかな太鼓の音が激しく変わる。引き手も見物人も息を呑む瞬間!「ピピーッ!」の笛の合図でスタート。第一発目のやりまわし!上手くいくと一斉に拍手が鳴り響く。
私はこの時間帯が一番好き。というのも地元の人たちが殆んどだから、見所を心得ている。つまり、だんじりと一体になれるのです。

だんじり祭りは徹底した縦型組織で、その年の最高責任者は年番長、次に年番が複数人と子ども会の曳き手に至るまで組織化している。社会的地位がどうであれ、だんじり社会では絶対服従が原則とされている。
年番1年番2妻と我々の目の前に、その年番さんが立っておられた。まさにやりまわしのポイントの場所である。


各町のだんじりの責任者は先頭に乗っているが、必ず年番さんに団扇で挨拶をする。アイコンタクトならず団扇コンタクト『怪我の無いように頼むよ!』『頑張ります!』ってとこか・・・。

本宮ではメインイベントの宮入りがある
岸和田城にある岸城神社へ猛スピードで上がっていく。過去2回ほど現場で見たが最近では不可能。実は前々日から徹夜で場所取りをしないといけません(写真)場所取り
シートに名前を書いてテープで止めておく。僅かの隙間もテープが貼られる。立つスペースしかないし、明らかにもめる元になるテープがあちこちに貼ってある。
どう調整しているかは知る良しも無い。

宮入り後の休憩時間に止めてあるだんじりを見るのもいいものだ五軒家
各だんじりとも見事な彫り物を施している
「関が原の合戦」「壇ノ浦の合戦」など、戦国絵巻が多いが
欄間の如く、透かし彫りは息を呑む









2年前から新たな町のだんじりが走っている
『南上町』のだんじり

南上町1南上町2この町は奥方の実家、新興地域で奥方の住んでいた頃はだんじりが無かった
それが10数年ほど前から運動が始まり、住民の寄付でやっと手に入れたのです。
だからといって、直ぐに他のだんじりの走る道へは出られません。
数年に渡る地域での練習を経て、やっとOKが出されるのです。
3年目の今年、見事なやりまわしを見せている
南上町のハッピ姿の男性に奥方が話しかけている
『実家は南上町ですが、結婚して奈良に住んでます。何か手伝っても良いですか?南上町のTシャツを着て、一緒に走っても良いですか?』
「良いですとも、是非来年はいつでも来てください。」
何やろ?この力?
奥方の興奮した顔、自分の町のだんじりが本当に欲しかったようだ
聞くところによると、凄い人はオラがだんじりに
1,000万円寄付するそうだ!?
是非、貴女のお小遣いでお願いしまーす

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