2007年12月04日

 我が社ではインセンティブの一つにベスト社員が毎月選ばれる。その月に最も活躍した人を、全員の投票で選ばれる。営業、CSセンター(工場)、管理・SP(セールスパートナー)の3グループに分け、夫々から自薦、他薦の2名を推薦する。投票前日には推薦演説が行われる。
この制度はもう20年以上続いているが、獲得はそう簡単でないようです。最近でも「3年ぶりのベスト社員です」とか「新人の時以来です」なんて人もいる。年々、レベルが上がっているのと、選ぶ側の目が肥えてきている。賞金は1万円だが、それ以上の値打ちを感じているようです。
ちなみに、インセンティブは他にもあり、半期で各部署の最高貢献者に1泊2日のペア宿泊券や商品券を出している。最も栄誉のある賞は年間を通じて、最も貢献した人に年間グランプリがある。最高は天彦賞(10万円)、成長賞(5万円)、新人賞(3万円)、即戦力賞(3万円)、場合によっては特別賞も設けられている。これも、全社員の投票で決まる。

 そのベスト社員の推薦演説会に今年4月より入社した我が娘(長女)が推薦された。複雑な心境であったが、素直に嬉しかった。結果はベスト社員にはならなかったが、彼女が天彦産業に入社する経緯を知っているだけに、評価したかった。
大学3年生の時、就職活動を行っており、最も興味を持っていた『食』の世界を極めたいということで、『和民』の渡邉社長の考え方に共鳴していた。会社訪問もして、直接話も聞いて、その意を強くしたと思う。
妹がカナダに留学して、成長を目の当たりにした彼女は、もっと見聞を広げないと『食』の道でも通用しないと判断。パース(オーストラリア)への留学を嘆願してきた。真剣だったので、それに応じた。
10ヶ月が過ぎ、帰国前に家族でパースを訪れました。私が社長を就任して半年が経った頃でした。娘の自立を目の当たりにした私は、費用対効果の適正に満足していました。帰国後、休学していた大学に4年生として復学した。進む道は『食』の世界と思っていた。
昨年秋、就職活動をしていない彼女に気がつき、妻に「志野は和民に決まったのか?」と聞いてみると、意外な答えが返ってきた。「お父さん、何にも知らんの?あの娘は天彦産業に入りたいらしいよ。」腰が抜けそうになった自分を覚えています。そのくだりは「パースに行った時、久し振りにみた父親の姿にビックリしたらしい。疲れている、緊張している、今までに見たことのない父親像。きっと社長業のプレッシャーなんや。」そして「自分はこんなに自由にさせてもらっればかりではいけない。お父さんの役に立ちたい。それが恩返しや!。」と決意したようです。
そんな自分を見せたことに、恥ずかしさと、『食』の道を断念させることに、抵抗はあったが、素直に言っているので、これも人生かと許可を出した。
入社して、想像以上に意欲的に活動してくれる。接し方は社長と一社員のそれだった。母親に「会社にはお父さんはいない。社長がいる。」といっているようで、その振る舞いは、大したものです(親バカ?)
社員一義に考える私を評価してくれており、心強い賛同者を得た気持ちで一杯だ。
 親バカ万歳!
私の夢の実現、社員と共に夢を実現する喜びをパートナーとしてそばにいてくれる娘に感謝したい。
 親バカ万歳!胸張って、親バカ万歳!


tenhiko1875 at 11:45コメント(2)トラックバック(0)ひばりの独り言天晴社員へ 

2007年11月28日

一日のスタートは挨拶からと言いますよね。元気な声でお互いにやると、不思議に仕事の入りが違うんです。
各企業で“おあしす運動”ってよくやってましたよね。我が社もやっていたのですが、どうもインパクトが無くって、「誰か良いネーミング考えてよ」と募集したところ、「天彦産業は社色がスカイブルーなので、天彦が晴れる意味で、天晴運動が良い」と営業マンの出田君が提案。一発で決まり!
オリジナルのネーミングになると、主旨は同じでも展開は次々に革新していきました。
「みんなの笑顔を玄関に掲示しよう」の提案に、各自の笑顔の写真が『笑顔の社員増殖中!』と書かれたパネルに顔、顔、顔。勿論、私も。
「毎月、気持ちの良い挨拶、笑顔の人を投票しよう」の提案に、『天晴投票』が始まった。「賞は社長が上位5名を食事に連れて行ってください!」あれっ?
「コミニケーションできる憩いの場所を作ろう」の提案に、『天晴カフェ』が手作りで出来ました。そこにパネルを設け、『私は誰でしょう?』と幼児時代の写真が展示され、正解者には金券を・・・また出費?
「仕事でこの位アイデア出してよ!」と思わず口に出してしまいました。
お陰で、挨拶は当り前で、明るい声が朝から飛び出す職場に、お客さんも評価いただけるほどになりました。
皆さんも一度、素晴らしい気の出てる玄関を通過してみてください。二日酔いも吹っ飛びまっせー!


tenhiko1875 at 16:10コメント(1)トラックバック(0)天晴運動 

2007年11月27日

タイ国BOI投資奨励制度で“IPO(International Procurement Office)"の資格認定を受けました。日系流通では3番目ということで、まさか頂けるとは思いませんでした。製造メーカーでBOI認定企業は沢山ありますが、流通ではめずらしい事らしいです。
『国際調達事務所』の意味で、特筆すべき恩典は 外資100%で会社設立できること、◆∈突⊇个良品や原材料の輸入関税が免除されることです。
一方厳しい縛りもあります。初年度から黒字経営が条件とのことです。
現法になると日本人1人に対してタイ人4人を雇用しないといけません。現状に2名増えます。
現地コンサルタントから『小林所長ならやれます。』と絶大なる信頼を得ているのが嬉しかった。
先日もバンコクに出張して、所長と日本人の集まる居酒屋に行くと、『小林君、特殊鋼のこと教えてや』『IPOおめでとう。是非取引して欲しい』とあちこちから声がかかってきました。日新製鋼のO所長も『小林ファンは一杯いるし、頼りにしている。支援してあげたい。』と、ありがたい話。
考えてみれば、タイへの進出も彼がいなければ、絶対していないと思うし、上海天彦祥商貿有限公司の設立も朴君がいなければ考えなかった。
つくづく、本当に素晴らしいスタッフに恵まれたなーと思います。
本社の皆さん!しっかりバックアップしてあげてな!


tenhiko1875 at 13:50コメント(3)トラックバック(0)天晴社員へ 

2007年11月22日

我が社の採用状況にについて、色々お聞きになっていました。過去3年間に17名の採用に驚かれていました。しかも、その殆んどがハローワークを上手く利用していることから、監督官庁である厚生労働省から調査指示が出たようです。ある意味、名誉なことです。
レクチャーの中身は大まかに以下の通りでした。
1.求人手段はどんな機関を利用しているか
2.ハローワークへの要望はあるか
3.ハローワークの知られていない機能の説明
大手企業の凄まじい青田刈りの復活で、中小企業の求人難が起きているようです。そんな中で、Webや民間の求人媒体を利用せず、ハローワークや学校訪問で、平均勤続年数11.6年の定着率を驚かれていました。
生意気なことを2、3言っておきました。
『内は顧客第一より前に社員第一です。社員が満足せずに顧客第一なんて、絵に描いた餅です。その一つが委員会制度です。行き帰りを含めると、1日の3分の2を費やす企業生活に“生き甲斐、遣り甲斐”が無くて、満足などありえない。仕事で全て判断していたら、人の長所は見つかりません。企業は常に活性化していなければいけません。“勉強できんでも走り一番の人も評価する会社にならんとあかん”が私の持論です。』
『ハローワークは求職者主導で(探している人任せ)、適職をリードしてあげていない。人の人生に関わる仕事だと思うが、お役所仕事になりすぎてませんか?我が社に面接来る人は3、4社転々としています。その殆んどが、自分の長所、適職を知りません。ここをリードしてあげて欲しい。』
『教育者や親は「良い学校、良い会社」を一義に上げ、働き甲斐、生き甲斐を前面にしていません。これらの現実にメスを入れて欲しい。でないと、中小企業はいつまでも求人難が解消しない。』
話を聞くと、これらの問題は監督官庁でも論議になっており、それらを実行する手段は出来ているそうです。ところが、忙しいという理由で使っている人は一部に止まっているそうです。だから、今回の天彦視察になったようです。
帰りがけ、『みんな活き活きしておられますねー』と言っていただいたことが、今回の何よりのお土産でした。


tenhiko1875 at 11:23コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へ 

2007年11月21日

『ひばりの囁き』とけったいな名前ですんません。知っておられる方なら、「あーなるほど」と思ってもらえるんですが・・・。
特殊鋼流通業で35年以上、どっぷり浸かっていますが、学生時代に進みたかったのは全く違う道でした。それは芸の道、モノマネの世界で吉本興業でした。楽屋へも行き弟子入りを直談判しましたが、「そんな人は山ほどおるわ!やめなはれ!」といとも簡単に断られました。
その18番が『美空ひばり・伝説の歌姫』だったのです。
ところが社会人になって、この芸が活きて、営業マンとして活躍の場を与えてくれたのです。何が功を奏するか分かりませんなー。
名前の由来は、ということです。
今後とも宜しくお願いします。

tenhiko1875 at 18:09コメント(2)トラックバック(0)初めての方に 
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