2007年12月25日

『クリスマスは何の日?』って聞いて答えられる若者はいるのだろうか?
そんなボヤキはおッちゃん臭いって言われそう。
24年生まれの私には、サンタさんの存在は、今のようなサザエさん的サンタさんではなかった。

27年に我が社は月商の20倍もの不良債権を食らった。田地田畑、山林等々売却しても、追いつく話ではなかった。当然、我が家の生活状況は一変したことは言うまでもないが・・・

 小学校2年生のクリスマスの日。先生や友達に聞いた通り、大きな靴下を枕元に吊って寝た。25日の朝、靴下が膨れている!何かが入っている!サンタさんが来た!
ワクワクして、出してみると。懐かしい“森永キャラメル”一個、しかも開封済み?
なんと、一粒一粒に何かが書いている。「メーリークリスマスst」「しっかり勉強してねst」等々・・・それも内側に・・・嬉しかった!(後日談で、姉が仕組んでくれたと分ったが・・・全部素手で触ってるやん)

その朝、学校でサンタさん談義が・・・
山田君の話が、今でも情景と共に浮かんでくる。彼は両親が40才近くで生まれた子供で、クリスマスを全く知らない親だったそうです。3日程前から、両親にサンタさんの話をしていたらしい。
やっぱり、靴下を吊って寝たようです。朝、僕にも来たー!と思ったそうです。
ところが・・・
靴下の中から出てきたのは、千円札とメッセージ。書かれていた内容が
『大切に使ってね。 クリスマスより』
あれっ?
夢を一気に消されてしまったらしい。

今で言う“ちびまるこ的サンタさん”とでも言うのだろうか?

tenhiko1875 at 10:55コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2007年12月20日

18,19日と東海地区に行ってきました。
自動車が中心の町ですから、この関係は凄く忙しいという羨ましい現実でした。
その1つK鋼材さんと忘年会でした。
社長とオーナーのお孫さんがお相手をしてくれました。
『田嶋亭』という栄にある居酒屋さんで、魚が凄く美味しい店
大阪との格差を感じながらの酒席

中でも、コノワタと河豚の白子をあしらった茶碗蒸しは絶品!
オリジナルボトルに入った芋焼酎をロックで頂き、舌も滑らかに2時間も経った頃
小部屋に、この店の田嶋オーナーがひょっこり
「大阪の社長が来ると、味にウルサイでいかんわ」と三河弁で口火を切ると、それから延々1時間半の演説。普通なら、「ええ下限にしてーな」となるが、この親父の話は吸い込まれる。
秀吉、家康、木曾義仲、○○親分等々、出てくる名前がバラエティーに富む
よよ勉強してはる。
経営戦略の話になる。酔っ払っているので、全てが記憶にあるわけでないので勿体無いことをしたと後悔しているが、印象にある一節
「経営は人だもんで、社員に愛を持たんといかんよ。でもよー愛は、給料を余計払えばええってもんでないでー。」
「いざって言う時によー、しっかり持っててやることが、ホンマの愛やで。」
ずしんとくる話でしたわ。

K鋼材さんの社長に経営学を学び、田嶋オーナーに経営哲学を学びと、中身の濃い出張に疲れが吹っ飛んだ!
東海地区は居酒屋さんも元気ですわ。


tenhiko1875 at 14:46コメント(1)トラックバック(0)お取引先のお話天晴社員へ 

2007年12月14日

現金、感謝、そして来年への誓いの握手と共に渡すのが天彦流。
絶対評価で査定を各部署で行ったものが、10日前に手元に来た。
これからが大変、
期末の業績を予測した財源をはじき出し、基礎倍率を決める。
えーいッ!営業を信じよう!と。
それから各自の集計を行う。
さらに、微調整を
あかん!一人一人の顔が浮かぶ!
『頑張ったのに・・・』『ローンが・・・』『嫁さんに、どう言おう?』
色んな声まで聞こえてくる!
知らず知らず加算の微調整になっているやん
予算オーバー!
やっぱり、喜んで欲しい
決定!
社員を信じよう!

手渡して、握手。気が相方向に流れるのを、しっかり感じられた。
大丈夫や!計画以上やってくれる。

それにしても、みんな良い顔してたなー

社長の特権やでー



tenhiko1875 at 17:53コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2007年12月13日

毎年、10回以上の忘年会を経験するが、今年もスタートした。
11日は新潟県三条市にある、老舗の鋼材問屋『野水鋼鐵店』との忘年会だった。会場は、1時間ほど離れた新発田市の『月岡温泉・華鳳』です。
コシヒカリの田んぼを見ながら、突然出てくる湯煙に煙る数軒のビル。そこが『月岡温泉』でした。会場の『華鳳』は秋篠宮様がご利用されたという由緒あるホテル。ロビーには何万円もする鯉が泳ぎ、正面から見える庭園は甲子園球場がスッポリ入る大きさ、それは見事なもの。
そもそも『月岡温泉』は大正4年、石油掘削のための井戸から、たまたま温泉が出てきたらしい。
 到着後、即温泉に・・・
露天風呂の広さには驚いた。檜風呂、腰掛湯、寝ころび湯、岩風呂と、夫々が広い。スーパー銭湯では味わえない景色と空気が美味しかった。
温泉から出ると、日本海で獲れた“甘海老の頭入り味噌汁”が休憩所に準備してあり、『ご自由にどうぞ』の張り紙に、3杯も頂いてしまいました。絶品!
 いよいよ、宴会場へ・・・といっても5名で32畳の部屋はいかにも寂しいかった。そこは宴席、〆張り鶴、菊姫、八海山等々、越後の酒がすぐに20人の宴会如くしてくれた。ネクタイ姿の忘年会より、浴衣がけの忘年会は心地よい酔いに浸れる。地物の食材もそれを加速する。新潟弁も関西人には異空間を感じれるし。
詳細は口頭でということで・・・・
そもそも忘年会というのは鎌倉時代から始まったらしい。和歌を詠んだりして、厳かな会だったようです。とても、その名残がある忘年会ではなかったなー
 それにしても、二次会のカラオケ司会をかってでてくれた中村君、ワンパターンの台詞は、今でも耳について・・・勿論、ひばりの出演はありましたが・・・
 野水鋼鐵店様、粋な計らいに感謝します。 
 

tenhiko1875 at 11:20コメント(2)トラックバック(0)お取引先のお話 

2007年12月10日

 我が社では人材採用時に必ず、“エニアグラム”なるものをやっていただきます。これは性格診断の一つですが、血液型、星座占いなるのもと違い、人間関係改善に大きな効果があると思っています。したがって、我が社の社員は全員のタイプを相互に知っています。
これは、10数年前からコンサルタントとして、お世話になっているウィズダムマネジメントの長谷川先生に学んだものです。http://www.wisdom-mng.co.jp/sub50.htm
このアドレスで詳しく説明されていますので、一度開いてみてください。
 要約しますと、人は長所と短所を持ち合わせおり、様々な環境や状況で特色が出ます。『人の短所は一瞬で見つけることが出来る』と言われ、それが先入観となり、付き合う範囲を狭めたりしています。逆に、人の長所は、じっくり見ないと見つけられないことが多いのです。それを、大まかにではあるが、導き出してくれるのがエニアグラムと捉えています。
これにめぐり合ってから、社員や周囲の人たちの関係が非常に良くなりました。自分の事もオープンにしていますから、余計深くなります。
我が社では、『上司は部下の長所を伸ばすことを優先しなさい』と長所伸展を訴えています。
 同じエネルギーを使うなら、短所を改善するより、長所を伸ばすほうが、明らかに前進を早めます。しかもポジティブになれ、モチベーションも上がります。
一度、試してもらったら如何でしょうか?先ずは自分を知って頂いたらどうでしょうか?上記、アドレス以外に沢山あり、チェックできますよ。

tenhiko1875 at 16:52コメント(0)トラックバック(0)耳寄り情報 

2007年12月06日

台湾随一の流通加工大手『春源鋼鐵工業股份有限公司』(年商600億円、従業員1,300人)の董事長、総経理、副総経理ら一行が今年も忘年会に来日していただいた。隔年で日本で開催される企画も今年で3回目となる。大阪で2日、東京で2日の4連荘をこなされている。当然の事ながらリスクヘッジで董事長組と総経理組は別便で来日される。大阪での1日は日新製鋼さんと天彦産業が同席する。
日本では美味しいものが無いと、免税店でも1本(720ml)6,000円もする高粱酒を45本台湾から持込まれた。なんと!56度というシロモノ。専用グラスも持参され、今回の席へは6本用意された。17人で6本は少ないように思うが、56度のお酒をグラス(20ml)で、2回も例のカンペイをやれば、クラクラくる。それを6x720mlを空にすれば、どんなことになるか想像できます。(結果、その通りになったが)
日新製鋼からは支社長以下5名で、天彦からは会長、社長以下4名の計17名でゲームやアトラクションを楽しんでもらった。
☆感動
実は、現日新製鋼支社長は20年前、表面処理課長として春源鋼鐵を訪れている。その際に交わした名刺を、蔡副総経理が持ってこられた。予期せぬ出来事に支社長は感激されていた。どんどん立場の変わるサラリーマンですから、以前の名刺を大切に保管され、このような場に持参してくれるなんて・・・。三方良しの精神は台湾にも生きているを実感したシーンでした。
☆義理
隔年でお客さんの立場の春源鋼鐵さんが主催しておられることに学ぶことが多い。前幹部が総出での来日です。CSC日本事務所、日新製鋼、新日鉄、JFEスチールと忘年会を主催されるわけです。日本人には義理と言う思想が薄れている現状、『武士道』『国家の品格』なる書籍が注目されている。そんなことを教えていただける春源鋼鐵さんと、お取引させていただいていることに感謝せざるを得ない。
☆対等
商談の場や宴席の場で、決してへりくだること、高位に立たれることが無い。あくまで、対等のスタンスを取られている。良い取引は対等な所に生まれると思っている私にとって、充分に参考にさせていただいた。
 それにしても、高粱酒のカンペイは辛いものがある。ゆっくり味わえば美味しいだけに、次回からは紹興酒に代えてもらえたらありがたいのだが・・・。


tenhiko1875 at 10:38コメント(0)トラックバック(0)お取引先のお話天晴社員へ 

2007年12月04日

 我が社ではインセンティブの一つにベスト社員が毎月選ばれる。その月に最も活躍した人を、全員の投票で選ばれる。営業、CSセンター(工場)、管理・SP(セールスパートナー)の3グループに分け、夫々から自薦、他薦の2名を推薦する。投票前日には推薦演説が行われる。
この制度はもう20年以上続いているが、獲得はそう簡単でないようです。最近でも「3年ぶりのベスト社員です」とか「新人の時以来です」なんて人もいる。年々、レベルが上がっているのと、選ぶ側の目が肥えてきている。賞金は1万円だが、それ以上の値打ちを感じているようです。
ちなみに、インセンティブは他にもあり、半期で各部署の最高貢献者に1泊2日のペア宿泊券や商品券を出している。最も栄誉のある賞は年間を通じて、最も貢献した人に年間グランプリがある。最高は天彦賞(10万円)、成長賞(5万円)、新人賞(3万円)、即戦力賞(3万円)、場合によっては特別賞も設けられている。これも、全社員の投票で決まる。

 そのベスト社員の推薦演説会に今年4月より入社した我が娘(長女)が推薦された。複雑な心境であったが、素直に嬉しかった。結果はベスト社員にはならなかったが、彼女が天彦産業に入社する経緯を知っているだけに、評価したかった。
大学3年生の時、就職活動を行っており、最も興味を持っていた『食』の世界を極めたいということで、『和民』の渡邉社長の考え方に共鳴していた。会社訪問もして、直接話も聞いて、その意を強くしたと思う。
妹がカナダに留学して、成長を目の当たりにした彼女は、もっと見聞を広げないと『食』の道でも通用しないと判断。パース(オーストラリア)への留学を嘆願してきた。真剣だったので、それに応じた。
10ヶ月が過ぎ、帰国前に家族でパースを訪れました。私が社長を就任して半年が経った頃でした。娘の自立を目の当たりにした私は、費用対効果の適正に満足していました。帰国後、休学していた大学に4年生として復学した。進む道は『食』の世界と思っていた。
昨年秋、就職活動をしていない彼女に気がつき、妻に「志野は和民に決まったのか?」と聞いてみると、意外な答えが返ってきた。「お父さん、何にも知らんの?あの娘は天彦産業に入りたいらしいよ。」腰が抜けそうになった自分を覚えています。そのくだりは「パースに行った時、久し振りにみた父親の姿にビックリしたらしい。疲れている、緊張している、今までに見たことのない父親像。きっと社長業のプレッシャーなんや。」そして「自分はこんなに自由にさせてもらっればかりではいけない。お父さんの役に立ちたい。それが恩返しや!。」と決意したようです。
そんな自分を見せたことに、恥ずかしさと、『食』の道を断念させることに、抵抗はあったが、素直に言っているので、これも人生かと許可を出した。
入社して、想像以上に意欲的に活動してくれる。接し方は社長と一社員のそれだった。母親に「会社にはお父さんはいない。社長がいる。」といっているようで、その振る舞いは、大したものです(親バカ?)
社員一義に考える私を評価してくれており、心強い賛同者を得た気持ちで一杯だ。
 親バカ万歳!
私の夢の実現、社員と共に夢を実現する喜びをパートナーとしてそばにいてくれる娘に感謝したい。
 親バカ万歳!胸張って、親バカ万歳!


tenhiko1875 at 11:45コメント(2)トラックバック(0)ひばりの独り言天晴社員へ 

2007年11月28日

一日のスタートは挨拶からと言いますよね。元気な声でお互いにやると、不思議に仕事の入りが違うんです。
各企業で“おあしす運動”ってよくやってましたよね。我が社もやっていたのですが、どうもインパクトが無くって、「誰か良いネーミング考えてよ」と募集したところ、「天彦産業は社色がスカイブルーなので、天彦が晴れる意味で、天晴運動が良い」と営業マンの出田君が提案。一発で決まり!
オリジナルのネーミングになると、主旨は同じでも展開は次々に革新していきました。
「みんなの笑顔を玄関に掲示しよう」の提案に、各自の笑顔の写真が『笑顔の社員増殖中!』と書かれたパネルに顔、顔、顔。勿論、私も。
「毎月、気持ちの良い挨拶、笑顔の人を投票しよう」の提案に、『天晴投票』が始まった。「賞は社長が上位5名を食事に連れて行ってください!」あれっ?
「コミニケーションできる憩いの場所を作ろう」の提案に、『天晴カフェ』が手作りで出来ました。そこにパネルを設け、『私は誰でしょう?』と幼児時代の写真が展示され、正解者には金券を・・・また出費?
「仕事でこの位アイデア出してよ!」と思わず口に出してしまいました。
お陰で、挨拶は当り前で、明るい声が朝から飛び出す職場に、お客さんも評価いただけるほどになりました。
皆さんも一度、素晴らしい気の出てる玄関を通過してみてください。二日酔いも吹っ飛びまっせー!


tenhiko1875 at 16:10コメント(1)トラックバック(0)天晴運動 

2007年11月27日

タイ国BOI投資奨励制度で“IPO(International Procurement Office)"の資格認定を受けました。日系流通では3番目ということで、まさか頂けるとは思いませんでした。製造メーカーでBOI認定企業は沢山ありますが、流通ではめずらしい事らしいです。
『国際調達事務所』の意味で、特筆すべき恩典は 外資100%で会社設立できること、◆∈突⊇个良品や原材料の輸入関税が免除されることです。
一方厳しい縛りもあります。初年度から黒字経営が条件とのことです。
現法になると日本人1人に対してタイ人4人を雇用しないといけません。現状に2名増えます。
現地コンサルタントから『小林所長ならやれます。』と絶大なる信頼を得ているのが嬉しかった。
先日もバンコクに出張して、所長と日本人の集まる居酒屋に行くと、『小林君、特殊鋼のこと教えてや』『IPOおめでとう。是非取引して欲しい』とあちこちから声がかかってきました。日新製鋼のO所長も『小林ファンは一杯いるし、頼りにしている。支援してあげたい。』と、ありがたい話。
考えてみれば、タイへの進出も彼がいなければ、絶対していないと思うし、上海天彦祥商貿有限公司の設立も朴君がいなければ考えなかった。
つくづく、本当に素晴らしいスタッフに恵まれたなーと思います。
本社の皆さん!しっかりバックアップしてあげてな!


tenhiko1875 at 13:50コメント(3)トラックバック(0)天晴社員へ 

2007年11月22日

我が社の採用状況にについて、色々お聞きになっていました。過去3年間に17名の採用に驚かれていました。しかも、その殆んどがハローワークを上手く利用していることから、監督官庁である厚生労働省から調査指示が出たようです。ある意味、名誉なことです。
レクチャーの中身は大まかに以下の通りでした。
1.求人手段はどんな機関を利用しているか
2.ハローワークへの要望はあるか
3.ハローワークの知られていない機能の説明
大手企業の凄まじい青田刈りの復活で、中小企業の求人難が起きているようです。そんな中で、Webや民間の求人媒体を利用せず、ハローワークや学校訪問で、平均勤続年数11.6年の定着率を驚かれていました。
生意気なことを2、3言っておきました。
『内は顧客第一より前に社員第一です。社員が満足せずに顧客第一なんて、絵に描いた餅です。その一つが委員会制度です。行き帰りを含めると、1日の3分の2を費やす企業生活に“生き甲斐、遣り甲斐”が無くて、満足などありえない。仕事で全て判断していたら、人の長所は見つかりません。企業は常に活性化していなければいけません。“勉強できんでも走り一番の人も評価する会社にならんとあかん”が私の持論です。』
『ハローワークは求職者主導で(探している人任せ)、適職をリードしてあげていない。人の人生に関わる仕事だと思うが、お役所仕事になりすぎてませんか?我が社に面接来る人は3、4社転々としています。その殆んどが、自分の長所、適職を知りません。ここをリードしてあげて欲しい。』
『教育者や親は「良い学校、良い会社」を一義に上げ、働き甲斐、生き甲斐を前面にしていません。これらの現実にメスを入れて欲しい。でないと、中小企業はいつまでも求人難が解消しない。』
話を聞くと、これらの問題は監督官庁でも論議になっており、それらを実行する手段は出来ているそうです。ところが、忙しいという理由で使っている人は一部に止まっているそうです。だから、今回の天彦視察になったようです。
帰りがけ、『みんな活き活きしておられますねー』と言っていただいたことが、今回の何よりのお土産でした。


tenhiko1875 at 11:23コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へ 
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