2008年02月25日

社外の研修は最近でも活用は多いほうの企業だと思っていますが、自前となると平成時代に入って始めて。20年以上ぶりかも

2月22日から24日の二泊三日の合宿を行った。
来期の経営方針に沿って、管理者強化を目的にしたものです。
場所は近江商人の地、滋賀県高島市(湖西地区)白浜荘
体育館を持っている研修対応型の珍しい旅館だった。当日は近畿大学や佛教大学も合宿に利用していた。

金曜日の業務を終えて、夕方17時出発して、現地へは19時半過ぎ到着
夕食を済まして、20時からいよいよスタート
オリエンテーションでびっしりの時間割が発表された。
両日とも起床は6時で、就寝は議論が収拾するまで

「この合宿は自分の為に使う。本音トークが原則。素直に、積極的に参加する」
事前に約束を取り交わしたのが、結果的に満足度を高めたようです。

合宿1

『部下育成で自らが改革しなければいけないことは何か?』
『部下との信頼関係を築くのに、あなたの対処は正しかったのか?』
分科会形式で座長を置き、タイトな議論があった。
かなり、熱い議論があったが、何人かが標的になった。


追い詰められていく・・・
反撃に移る・・・
割って入る・・・
声が荒げてくる・・・
目が充血してくる・・・

桂枝雀さんの落語の枕に、必ず言う台詞があります。
『笑いと言うのは、緊張の緩和で起こります』
これは落語の世界の話じゃないと、以前から思っていました。
人の成長は緊張と緩和のバランスで、そのスピードが決まると思うからです。

激論が続く中で、このバランスをとってやる事が私の仕事です。
タイミングの良い緩和が起きると、目からウロコを落とします。
緊張を続けすぎると、挫折を生む可能性があるからです。
どうしても一皮向けて欲しい一心が大切です
合宿4合宿3








23日の夜の打ち上げの席で、各自の決意表明を聞いたが、効果は期待以上のものがあった。気が感じられたようです。

『人生は人と生きること』らしいですが、この合宿で充分それを感じさせていただいた。素材の良い社員を持った喜びと、未来への期待を持たせてくれた二泊三日でした。
早朝の琵琶湖湖畔は凄く気持ちがよかったなー
合宿2

tenhiko1875 at 15:14コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年02月22日

来期の経営方針に『女性の戦力化』を入れました。
その一環で、「制服から開放されて、色んな発想が生まれるようにしてみない?」と、TM会に投げかけたのが、昨年の夏でした。

因みに、TM(Tomorrow Management)会とは社員代表の会で、毎年社員の投票で3名、社長指名で2名の計5名で構成される。日常的に社員の声を集め、月一回社長と会議を持ちます。結構タイトな会議ですよ。

私服化の議論も何回も重ね、遂に実行段階に来たわけです。
今日は1回目のトライアルの日です。
昨夜から、ワクワクしていました。
どんな格好で事務所に現れるんやろう・・・?とね

ええやん!
見渡すと、別会社になったんちゃう?と思う程、景色が変わってる!
赤、山吹色、薄ピンク、黄緑、茶、水玉、グレー
目を白黒しながら、女子社員を見る私
気分が一新、男子社員が喜んでいる(今一、照れてるけどね)
革新や!(たいそうやな?)

元々、レベルの高い女性集団なので、きっと大きな戦力に化けてくれます。
みなさん注目していてください。
業界NO1の女性達に羽ばたいていきますから・・・

tenhiko1875 at 13:27コメント(2)トラックバック(0)天晴社員へ天晴運動 

2008年02月18日

3月決算の我が社は、毎年2月のこの時期に、来期の経営方針を発表する。
中期計画最後の年で「JUMP133」。HOP133、STEP133を経過してきました。
今回はパワーポイントの自作自演に挑戦し、気を伝えたかった。
なにしろ初めて作るので、中々進まない
色んな場所で、プレゼンを受けたことがあるので、ある種憧れ的なものが自分に・・。
一字づつ出現させたり、消えたり、ズームしたり、回転したり
1ページ目が出来ないから、進まない
頭の中は、見てる側のイメージだから、アニメーションが入らないと進まないのです。
原稿はあるのに、2日間1ページ目が出来ずじまい。
とうとうギブアップ!
IT推進室に頼んで、指導を受けたら、すんなり・・・
挙句の果てに
「見る側から言えば、あまり動きがあるのはしんどいですよ」
「ズームとか、出没とか、回転とかでなく、ようは内容です」
カウンターパンチを食らった感覚
でも、結構いいものが出来まして、好評でした

 昨年社員公募の中から出来たキャラクターを、所々に入れたのが良かったようです。
天晴れ運動の一環で、オリジナル湯呑(信楽焼き製)に続いて、キャラクターも生まれたのです。
創業の地が、滋賀県甲賀市、甲賀流忍者の郷に近いことから、忍者に決まりました。
てんちゃん1ひこちゃん1
名前も天彦にちなんで、『てんちゃん』『ひこちゃん』
べたやなーと思わず、親しんでください。
現在、社員の中ではプロフィールを公募しています。
一卵性双生児だそうですが、性格が心配・・・・

tenhiko1875 at 15:31コメント(2)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年02月15日

朝デスクにつくと、Air Mailが一通置いてあった。
開封してみると、カリフォルニア大学サンディエゴ校からでした。
内容は
『昨年刊行された、てんひこ130年誌を是非、わが校大学院の研究資料コレクションに加えさせていただきたい』
驚きました。いったい何で知ってくれたんやろう?
ホームページなのか?業界紙なのか?
いずれにしても、海の向こうのアメリカの
しかも有名大学からの要請に応えないわけにはいかない。
早速、発送しました。

こんな小企業の社史に興味を持ってくれたなんて、嬉しい限りです。
少しでも、日本の中小企業をアピールできたらいいなー
興奮して、今夜は眠れないかも・・・・
ありがとうございます。Mayumi Anderson様。

tenhiko1875 at 11:01コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年02月14日

『今年はいくつ貰った?』
『10個位かなー』
『義理チョコばかり、ほとんど飲み屋さんから・・・』
なんて会話が懐かしく感じる今日この頃
義理チョコさえも消えていく

たった一つ!確実に来る感謝チョコが今日も頂けた
我が社の女子社員一同からのそれ
20年近く続いているだろうか、全男性社員に渡してくれる
『いつもありがとうございます!』と全女性が勢ぞろい
照れ笑いしながら、男子社員に向かって
『おーい!君らと違う、特別チョコや!ありがとう』
いつも後悔するのが、この時の対応
もっと素直に喜べよ!
しかし、感謝チョコの味は格別なのです

その女子社員が『天晴運動』の中で、長年続けてくれていることがもう一つあります
お取引様の方々に、感謝レターチョコを送ってくれているんです

バレンタイン

年々出来栄えも良くなっています。
好評で、ありがたいお言葉を多数いただきます
彼女達が考え出して、メンバーが新しくなっている今日まで継続してくれている
まして、本心から感謝している様を見る度に
“明日の天彦産業を支えてくれる”
と、心強くなります

過去のどのチョコより、この日に頂くチョコが嬉しい
来年は素直に喜びを伝えます!はい!


tenhiko1875 at 13:14コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へ天晴運動 

2008年02月06日

樹氷を見る冬山と頂上でのバーベキューを楽しむ夏山
年2回の大阪府下最高峰の金剛山に今年も登った
32回目らしい。16年を経過したことになる

今回は社員、家族、お取引先、会長の異業種交流のメンバー、新聞社の皆様で、総勢60名の参加者でした。
130周年の時、山頂に電波時計を寄贈させていただいたが、その時はバス2台チャーターして、総勢約90名だったように記憶している。
除幕時計

主催はハツラツ委員会が受け持ってくれているが、回を追うごとに手際のよさが目に付く。ポイントに無線を用意して、状況を確認しあう。ご承知のように山の中は携帯電話が使えません。安全確保には無線が必需品なのです。

スタート時点の情報では、雪は無く、アイゼン無しで山頂まで登れるとのこと
不吉な予感が・・・・ひょっとして、こんなしんどいめして樹氷が見られない?

毎回そうだが、無様な登山は出来ないと、当日まで体力強化をしている。
時には、雨が降れ!なんて思うことも
途中、ロッククライミングかと思うようなコースがあったり、急勾配の登りになったり、せっかく登ったのに下りが入ったり、悲喜こもごもの山中。
苦しくて『先頭!もっと我々のこと考えろ!早すぎるわ!』と叫んだり、怒ったり
(そんな大きな声が出るんなら、もっと頑張れ・・・なんて社員は思っているはず)

上を見ると青空から木漏れ日が・・・頂上は近い!
すると!真っ白な“樹氷”が一面に広がっている!
やったー!と、気持ちが急変する自分がある。
(先頭の宮脇君、偉そうな事言ってすんません)
樹氷

山頂の電波時計は、しっかり働いてくれている。
133年目やーを実感する。
時計の下を見ると・・・仏像が3体置いてあった
きっと、何回も登頂している人が置いたのだろうが、寄贈した時計の価値が上がったようにも思えて、ジーンと来た瞬間があった。
金剛

次ぎは9月の第一土曜日、山頂で焼肉が待っている。
さて、何人が集まってくれるのやろう

tenhiko1875 at 09:27コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へ天晴運動 

2008年01月29日

前号で予告していましたが、タイ式結婚式を満喫してきました。
と言っても、新婦がクリスッチャンなので、本来のタイ式ではありませんが

小林5

五つ星のマリオットホテルのガーデンプレイスは芝生
午後2時
バージンロードに可愛い子供が花びらを撒いて先導する
その後に、新婦インちゃんとお父さんが腕を組んで入場
待ち受ける新郎小林君・・・(こんな顔見たことがない)

神父さん(アメリカから来られた韓国人で、凄く偉い人らしい)の前に
賛美歌【I COULD SING OF YOUR LOVE FOREVER】が流れる
参列者の合唱が始まる
英語が不十分な私は、軽い孤独感を覚えながら、サビの所だけ口ずさむ
日本でのそれとは全く違う

神父さんのお説教が30分に渡ってあった
端々の単語を聞き理解しようと・・・
神父さんのオーラが出ている。なんて優しい顔なんやろう・・・
後半になると、新郎新婦だけじゃなく、会場の皆が涙している
新郎の妹さんが母親に通訳、二人とも感激の涙が・・・
私の目にも熱いものが・・・この神父さんのオーラは凄い!
隣の席に同業の日本人社長が理解されたようで
『こんな心のこもったお説教は聴いたことが無い。日本語に表現できない。あんなお説教を言ってもらえば、お互い慈しみあうはず。素晴らしい・・・!』
彼の目も赤く染まっていた。

両親への花束の贈呈があった
国際結婚、特有の雰囲気があったが、涙涙のご両親と新郎新婦の姿は、日本で見るそれと同じだった。小林6

1時間半のウェディングは感動の内に終った
夕方6時からリバーサイドでパーティーが予定されている(披露宴)

6時に指定の場所に行った。日本人お顔ばかり・・・えーっ?
タイに10年居るコンサルの福田さんが
『タイ人は6時からだと、7時に来る人は早い方、7時半頃来るよ。そして、いつの間にか始まり、延々と続き、いつの間にか終焉する。恐らく日付けは変わりますよ・』と
ビュッフェスタイルで、各々のテーブルで乾杯が、食事が・・・
開始の合図があったのかどうかは分らない

前日、突然新郎が『社長!忘れてました。パーティーで最初に一言添えて、乾杯お願いします。』
『・・・・・そんなー今頃???』
慌てて、スタッフのPinちゃんにタイ語の特訓
サワディークラップ
ポン チュウ ヒグチ(私は樋口です)
コーサディーン ホワム ギンディー クラップ(ご結婚おめでとうございます)

7時頃
なるほど、タイ人がゾロゾロ集まりました。
家族連れで・・・
7時半には隣に重要なパートナーBSSのSuvit夫妻が到着
全く、遅刻の意識は無さそう
即、飲み食いが始まる
小林3

新郎新婦が入場してきた(実は受付横で、6時からずっと立礼していたらしい)
小林4

壇上にご両人が立つと、司会者から『ミスターヒグチ!』のご指名
特訓のタイ語でやりました。反応は上々いい気になって、後は日本語でべらべらと
次にアメリカ人が乾杯 そしてタイ人が乾杯
私の時より、大うけしている

正面のキャンドル、ケーキカットと進む
小林1

後は歌うわ、飲むわ、子供ははしゃぐわ、わっしょいわっしょい
新郎の親族達といっしょになって「乾杯」を歌ってしまいました。
途切れることなく、舞台へ各国の人たちが入り乱れる
これが日付が変わるまで?


時計を見ると10時、4時間が経過した
正面の舞台に、新郎新婦と新郎のお父さんが
『両家を代表して、一言お礼と中締めのご挨拶を・・・・』
と日本式を入れられた。
小林2小林7小林8









新郎からもお礼の言葉があって、お開きに
心配していた日付が変わるまでは、避けられました。

心の底に思い出の残る結婚式を体験できました。小林君に心からおめでとうと言いたい。良かった!

帰りがけ、新郎のお父さんに声をかけられました

『息子はずっとタイですかね・・・・?』

『・・・・』

言葉が出なかったこと、お許し下さい。
きっと彼が決めると思います。

tenhiko1875 at 13:16コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年01月25日

凍りつくような上海から(2度)、今日はバンコクです(32度)

実は天彦タイ駐在所の小林所長が、25日現地で結婚式を挙げるためです。お相手はタイ美人のインちゃん(タイの東大と言われるチュラルコン大卒業)。
なんと200人を越える列席者。クリスチャンスタイルで、なんでも韓国から世界的に有名な牧師さんが来られるということで、アメリカから50名のミッションが来るらしい。日本人は50名、タイ人が100名位と聞いている。

五つ星のマリオット・ホテルのガーデンプレイスで14時から挙式、18時からパーティーの予定。この模様は帰国してから報告します。

小林所長のご両親と一昨日夕食をご一緒した時の話
お父さんは名古屋の方で会社経営をされている。お母さんは昨年、胃の全的手術を受けておられたが、元気に復帰されている。
『この親にして、この子あり』はこの家族のためにあるかと
自由に、のびのびと育てたれている。

お母さん曰く
『小さい時、この子と幸福の木を買いに行きました。色々な大きさの木があり、どれも同じ値段でした。息子に選ばしたら、一番小さな木を選びました。なんで?』
彼はこう答えたそうです
『だって、一番育て甲斐があるやん!』
お母さんは
『変わった子やなー。この子は普通の生き方せんやろなー』と思ったそうです。

わが社の名刺の裏にプロフィールを入れているが、
彼はそこに、『尊敬する人 両親』と書いている。
昨今、奇怪な事件が起きている。息子が親を殺すとか、兄弟を殺すとか
小林家を見ていると、世の親御さんや教育者に是非、参考にしてほしいと思う。

『お母さん、長い時間本当に大丈夫?一番心配やわ?』
というのも、結婚式は日本スタイルで留袖を着るそうです。(妹さんは振袖)
32度の屋外だけに、こちらも心配する

お母さんは
『今まで何もしてやれなかった。せめてこの時ばかりは・・・』
『気合で頑張るわ!』

思わず目頭を熱くなりました

tenhiko1875 at 10:08コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年01月22日

18日から4日間上海に出張しました。
行く度に、事情が変わっているのが、この国の特徴ですね。

とに角寒さは一味違う。“冷たい!”という表現が合うかも
というのも、上海人は暖房をとる習慣が少ないらしい、事務所、ホテル、タクシーに至って、暖房が効いていない。逆に、服装は、部屋の中、車中でも完全武装で着込んでいる。
乗ったタクシーに「暖房入れてくれ」と言うと、スイッチをONに、暫くすると、運転席の窓が少し開けられる。恐らく、着込んでいるので暑いのだろうが、こちらは寒くって・・・暖房の意味無いやないの・・・?(言葉が出来ないので我慢だったが)

京都議定書や地球環境問題を言われているが、日本より、ある意味実行しているかも、但し、工場は我関せずスタイルだが・・・

 08年はオリンピックイヤーで開催は北京、同じ中国内でありながら、上海で五輪マークの看板を見ることが無かった。もっぱら来るべき新年(旧正月)への看板ばかりが目に付いた。現地人に聞いてみると「知っているけど関係ない、それより帰省の切符を手に入れるのが一番」と関心を示さなかった。
北京とはライバル関係にあることもあるが、中国は合衆国かもしれない

 相変わらず建築ラッシュで、世界一ののっぽビル「森ビル」も完成間近、120数階のビルは外目にも揺れている感じがする。
ところが、内情は大きな変化をしている。バブル崩壊の危機感から、金融引き締めを強化している。二戸目のマンションを買う場合の金利は消費者金融並み。投機と分ればストップされる。
影響が企業に及んでいる。個別対応の決め細やかさが無いこの国は、企業の融資も極端に引き締めている。仮に借り入れ枠があっても、ストップしたり、ひどい所は融資前日にストップの通告が行く。外資系、ローカルに関わらず起きているため、現地日系の中小企業は困惑している所が多い。
「与信問題が出てきている」(某銀行筋)

 1月から雇用に対する法律が変わっている。3年間雇用契約を結べば、終身契約を結ばないといけなくなっている。政府は労働者保護を前面に施行しているが、企業側、労働者側に不満が続出している。また、地方労働者の就職難に繋がる可能性もある。「抜け道は結構ある」(ローカル企業経営者談)

 上海天彦祥商貿有限公司を持つ我が社にとって、厄介な国ではあるが、需要は相変わらず旺盛、現有スタッフではこなせない状況になってきた。
今回の出張で、次の打つ手は見えたような気がする。



tenhiko1875 at 12:06コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へ耳寄り情報 

2008年01月17日

次女が成人式を迎えた
『もう?本当に二十歳?』の会話で、すっかり自分の歳を横においている自分がある
振袖姿に、眩しささえ覚えたが、この着物は家内の妹が着たもの
実は長女が4年前に成人式を迎えたが、その時は家内の振袖を着た
20数年前の振袖を、義母がきっちり保管してくれていたから、全く痛んでいない
ビックリしたのは、柄に違和感全く無く、改めてそのセンスよさに感心させられた。
人生に何回も着ない高額着物は、2世代に渡って陽の目を見たのである
是非、3世代へと、娘達に話した



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