2008年08月06日

11日(PM6:16)の放映に先立って、皆さんに一部紹介します。

参観1参観2

全て、社員の企画で進行しています。
最初に辞令交付
『広報室リーダーに任命します』



参観3


社員が作った名刺の交換
裏面には(名前の由来、特技、父親の想い)を入れている





会長の椅子に座って『ハイ・チーズ!』

参観4








今度はTWSチームの場所で、海外と交信(上海とバンコク)
タイのPinちゃんと英語での会話は貴重な体験

参観5参観6







最後は、今回の主役の谷係長がいる暑い暑いCSセンターに
子供達も汗をかきながらの見学
鋼材の加工現場を見て、質問があちこちから
『パパがこんな暑い所で、頑張っている・・・』
爛々と輝く目が印象的だった

参観7


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2008年08月05日

読売TVの取材が無事終了しました。
8人の子供達が集まってくれて、盛り上がりました。
参観日

取材班から『会社と家庭が、こんなに近い企業は初めてです。良い会社にめぐり合いました。』と評価をいただき、改めて社員達に感謝です。
今回の企画も素晴らしく、辞令交付や名刺交換、更にタイのPinちゃんや上海の朴君との会話の企画は喜んでくれた。
暑い工場での作業はインパクト充分。子供達に注目を集めました。

放送はオリンピック絡みで変更があるらしいが、現在の所、8月11日月曜日夕方6時16分の10チャンネル『ニュース・スクランブル』で放映される予定。

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2008年08月04日

大阪府『いきいき元気企業宣言』に認定されて半年が過ぎるが、此の程、読売テレビのニュース・スクランブル(18:16)で放映されることになった
昨年から行っている“子供参観日”を夏休み特集として、流れることになった
大阪府のホームページに記載されている内容は以下のアドレスから

http://www.pref.osaka.jp/danjo/ikiiki/com_97.html

今日(4日)から社員の自宅に取材が入り、明日は参観日、夜には自宅で父娘の会話を取材される。
経営方針の軸に『社員自信の幸福・家族の幸福・会社の幸福』を謳っている我が社にとって、ありがたい企画である。
☆放映は7日、8日のいずれかだが、少しでも我が社のあり方が映し出されたら幸いで、ワクワクしています。


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2008年07月25日

ひばり
鹿児島から伊丹空港に着陸
機内から出口へ
前方に、派手な衣装の美人が
『あっ!ひ、ひ、ひばりさんが!』

ターンテーブルから荷物を取って到着ロビーに
前から、横から、ひばりを確認
『すみません。写真をおねがいします。』
快く受けていただいて、ツーショットで

『ありがとうございました』
『いいえ・・・。来週は草津温泉に行きますから、よかったら』
とプロマイドを渡されました

テレビでも、時々出てはります
モノマネ番組に注目して下さい

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2008年07月22日

新潟・三条市にある、我が社とは切っても切れない関係の衞鄂綛沛津垢、創立100周年を迎え、その記念行事として沖縄旅行に招待していただいた。
社員を中心に、取引先、家族と我々(会長夫妻と我々夫婦)と30数名の旅でした。
首里城に始まり、嘉手納基地、美らうみ水族館、国際通り、ひめゆりの塔など盛り沢山の二泊三日だった。
初日の夜、記念パーティーがあった
ホテルは恩納村にあるリゾートホテル
なんと恩納村も村制100周年を迎えているという偶然があった
運命的な出来事ともいえる
武田社長の感極まる挨拶に続いて、我が社の会長が来賓代表で祝辞を述べた
『今の幸せは、困難と苦労の数に比例する。凄く嬉しい!』と想い入れの深い会長ならではの挨拶。『共に苦労した故野水前会長をつれてきてやりたかった』と、全員で黙祷を捧げたが、式典の値打ちを上げた。
乾杯の挨拶を任された私は、我が社の社員が作ってくれたアルバムを授与させていただいた。社員のお祝いのメッセージが写真と共に綴られている。
武田社長は目頭を熱くして受け取ってくれた。
『会社の宝物にします。』と
考えてみれば、創業133周年の我が社と創立100周年の会社が、兄弟関係にあるなんて、そう世間にある話ではないかと思う。
感慨深いパーティーだった。

沖縄といえば、避けて通れない問題が沢山ある
今回の旅で、感じたことを記したい

シュレイ門官僚




☆沖縄の人たちの矛盾
沖縄と言えば、基地の町であるが、普天間基地を移動するとか、様々な問題を抱えている。
基地の存在は嫌だが、無ければ生活できない。でも、戦闘機は毎日のように飛び立つ!世界の異変をいち早く感じる場所になっている。

☆嘉手納基地
甲子園球場が600個、ディズニーランドが4つも出来るスペースを持つ。米軍の極東アジア戦略の重要基地に成っている。世界一の弾薬庫を保持して、もしも爆発すれば、沖縄は無くなるという。
基地は米国で、日本の法律は通じない。日本の税金でまかなわれている(日米安保条約で日本を守るから?)
ある米軍家族が『2週間留守にするけど、エアコンは切らないでね。帰って来た時暑いから・・・』と出て行くのは常識とか・・・。
夜中であろうと、いつであろうと戦闘機は飛び立つ。戦争の傷心を持つ住民は、今でも慣れない。

嘉手納基地嘉手納住宅嘉手納基地1












☆沖縄戦線
正に、硫黄島と同じく、本土攻撃を守る最後の場所。北は北海道から九州まで軍人が集まった。しかし、米軍55万人、日本軍10万人では勝ち目は無かった。
(北海道の人が多かったのは、満州から移動したため)どんどん南部に追い込まれ、最後は岸壁!自決の道を選んだ人は数多かった。『時間を稼げ!』本土の司令官の命令はそれだけだった。
平和祈念公園には戦死者の名前が刻まれている。未だに追加されているという。日本軍7万、沖縄市民14万が都道府県別にある。人の命は宇宙より大きいと、米軍兵の名前も刻まれている。
http://www.peace-museum.pref.okinawa.jp/heiwagakusyu/index.html
このアドレスを一度読んで欲しい。
最南端の岸壁に立ち、合掌したが、上空を米軍戦闘機ファントムが飛び交う。無情・・・。
平和祈念公園 塔墓石












☆ひめゆりの塔
呉の江田島もそうだが、17〜19歳の乙女達が、戦ってくれた軌跡は、とても冷静には入れなかった。置いてある作文は、一冊だけ読んだが、次のは読めなかった。看護学生が銃の訓練をさせられたり、負傷兵の手当を強いられた内容に目をそむけたことを許して欲しい。彼女達は『最後は手を繋いで死のう』と誓い合ったそうです。
奇跡的に生き残った人が、資料館で説明をしてくれた。『第一外科と第二外科は先生の命令で壕の外へ出たが、第三外科の人たちは解散式が長引き、米軍の火炎放射や手榴弾を浴び、殆んど亡くなりました。私たちの先生は分っていたのでしょう、直ぐ解散しました。数秒早ければ、第三外科も助かったのし・・・』さらに、『手や足が無い負傷兵が来ても、薬は無いし、食料も無いので、何もして上げられず、ただ死ぬのを見ているだけでした・・・』と・・・。
『最後の言葉はお母さん!』とどの兵隊さんも言ったそうで、天皇陛下とは言わなかったとも。
硫黄島のように職業軍人は少なかったのでは?と質問すると、『たぶん・・・。海岸に追い詰められ、兵隊さんに殺して欲しいと頼んだ時、俺には出来ない!言ったあの人が忘れられない。』
数人の生き残った女性達が、世界に向けて平和を訴えていると聞く。
『沖縄戦線が3ヶ月でなく、1ヶ月なら広島、長崎の原爆は無かった・・・』とも
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%82%81%E3%82%86%E3%82%8A%E3%81%AE%E5%A1%94
ひめゆりの塔のアドレスです。

ひめゆりの塔








☆感謝と反省
沖縄の人たちの傷は深い、国際通りを歩くと、明らかに米軍がとの関わりの子供達と思われる混血青年があちこちにたむろしていた。
この町は戦争が終っていない。それでも、我々観光客を暖かく迎えてくれる人達に感謝。
帰りの飛行機の中で、ダイビングに来たご婦人たちの集団が喋り捲っている姿に、憤りを覚えたのは私だけだろうか?

tenhiko1875 at 13:42コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年07月17日

東京は京都の東って本当?だから東京都なんですって
こんなことは兎も角
今回の出張で、改めて東京の地下鉄網に驚いた
最後の路線が完成し、一応東京の地下鉄が確立したそうです
メトロ







網の目の如く、縦横無尽に走っている
目的地は赤坂見附
大江戸線を選択して、青山一丁目で乗り換え
赤坂見附に着いた
改札にたどり着くまでに上りエスカレータで、丸の内線
更に上がり、千代田線ホームに、改札はその上
なんと地下4階に大江戸線が走っていることになる
地震のメッカで、こんな地下鉄網はいいのか?と田舎者は思ってしまう
改札を出たが、どの出口を出るのが目的地に近いのか、地下道が続く
地上に出ると、ビルの谷間
私はどこ?状態
何とか電話で誘導してもらってたどり着いたが、歩くこと20分
そこは千代田線の赤坂見附の入り口
大江戸線の選択は間違いだった

次の目的地は東京駅
『千代田線二重橋で降りると、地下道で行けるよ』
のアドバイスに、ホッとして乗った
着くと“東京駅改札口⇒”へ
歩くこと10分 そして地上に出て丸の内口へ5分
とに角、よく歩く、万歩計も裕に1万歩を超している

ガソリン価格が高騰して、地下鉄族が増えているらしい
毎日これだけ歩いていると
やがて、東京都は長寿日本一になるかもしれない

(やっぱり無理か・・・ストレスが日本一やもんな)

tenhiko1875 at 13:24コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へひばりの独り言 

2008年07月10日

TM会(社員代表)が7月7日七夕飾りを提案してきた
CSセンター内の天晴れカフェに笹が立てられた
色とりどりの短冊が全員に配布された
私は金色を選んだ
みんなの顔を見ていると
童心にかえっているようで、目がキラキラしている

一つ、二つ、三つと笹に飾られていく
何か楽しい
興味津々で、それぞれを見てみた
『計画達成して、海外旅行が実現しますように!』
『幸せになれますように』
『家族みんなが健康でありますように』
等、色々書いてある

中には傑作な物が
『もう少し背が高くなりますように』(成人過ぎて伸びるかなー?)
『頭が良くなりますように』(40歳過ぎてるんやけど)

こんな純粋な一時を過ごす機会を作ってくれたTM会に拍手!
しかし、七夕飾りは7月7日が最後で、昔は川に流したりしたんじゃなかったかなー?
7月7日からスタートするところが、天彦らしいのかも
七夕七夕短冊七夕全景

tenhiko1875 at 11:11コメント(1)トラックバック(0)天晴社員へ天晴運動 

2008年07月03日

滋賀県甲賀市水口町牛飼が生まれ故郷
久し振りに帰った。
近くに庚申山という神仏融合の山がある
子供の頃よく遊んだ所
そこに、パノラマ展望台が作られていた

田舎新名神
左が我が家の集落、右は新名神が開通して、大阪まで1時間半となった。
天気がよければ琵琶湖を望むことが出来る
安土桃山時代、水口城が建立され、徳川家康を招き、天井が落ちる仕掛けで、しとめようとした伝説がある。実行前に情報を漏らし、家康から多大の褒美をもらった人物がいて、その家族は褒美の品を、未だに公開しないそうです。

その後徳川家光の時代に宿坊として建てられた、臨済宗妙心寺派『大池寺』がある
そこに小堀遠州作の枯山水の素晴らしい庭がある
蓬莱庭園
長い廊下を抜けると、別世界!見事としか言いようが無い。
宝船に七福神がイメージさせている。
四季折々の庭園が楽しめる
大波小波を刈り込まれ、後ろの借景が風に吹かれると、波音に聞こえる



夜は本物の近江しゃも
すき焼と鉄板焼きがあるが、夏は鉄板焼きがお勧め
必ずその日の朝に、解体精肉を行ってくれるから、完全予約制です。
味は抜群!
しゃも店しゃも肉

是非、一度来ていただきたい。
こんな田舎でも、3000名の会員を持つスィミングクラブや85頭も所有する乗馬クラブがある(実兄が経営している)

兎角、殺伐とした時代背景にあって、一度足を踏み入れる価値があるのでは

tenhiko1875 at 15:31コメント(0)トラックバック(0)天晴社員へ耳寄り情報 

2008年06月27日

23日(月)〜26日(木)で上海に行ってきました
上海天彦祥商貿有限公司の現状視察とメーカーさん、銀行さん、商社さん並びに新規開拓先に訪問してきました。

上海の状況は訪問するたびに変化していますが、今回も改めて、中国のパワーの凄さを感じてきました。
ANA155便で浦東空港に到着すると、そこは新しいターミナルでした
ターミナル2.

ターミナル2で、リニアモーターの駅に近い所。ターミナル1とは数百メートル離れていました。(写真の向こうに見えるビルがそれです)
2010上海万博に向けてのものでしょう

手配してくれた運転手さんが来てくれていましたが、何やら焦った様子
同時に携帯が鳴り、スタッフの声
『運転手が行ったのですが、パンクしたそうで、タクシーで来てください』
中国語は全く分らない私にとって、タクシーは至難の業
スケジュール表のホテルの住所をタクシーに見せると
『○X▲?・・・・』と話してくる
携帯を取り出して
『タクシーの運転手が何か言っているが、分らん。聞いてくれ』
と携帯を運転手に
『分りましたと言っていたそうです』
・・・・・罰悪ー
市内の渋滞はあったが、何とかホテルに到着
スタッフの顔を見るなり
『まー俺一人でも来れるやろ?』
っと変な自慢、
『あっちゃー!出国カード入管で取るの忘れたー』
『えーっ!それが無いと帰れませんよ!』
『・・・・どうしょう・・・』
『嘘ですよ・・・ははは』
っと仕返しが早い

事務所に着くと、早速ミーティング
会議室の壁に素晴らしい書が、額に飾ってあった
書『参方有益精神』と書かれてあって、我が社の経営理念『三方良しの精神』を中国風に表現している。





『誰に書いてもらったの?高かったやろ?』
『名前は良く知っている人だと思います。』
よく見ると
〔朴明東〕と・・・スタッフが書いたものでした
彼は本社でやってきたことを実行しており、ありがたい存在です。

スタッフ












上海も今は梅雨で、曇りがち
ホテルの窓から有名なテレビ塔が見えるが、ぼやけている

ホテルから節電

夜10時を過ぎると右の写真のように、いつものネオン キラキラは無かった。
聞いてみると、四川の地震以来、自粛しているとのこと
まるで、オイルショック時の通天閣付近のようだった





上海のガソリン価格は6.1元(約90円)で、大阪の170円より安いが、政府の規制が入っているらしい。負担はスタンドでしているらしく、休んでいるスタンドが多い。開いているスタンドは車の列で、高速などはトラックが道路にまで並んでいるらしい。

今回の出張で初めて“寧波”に行ってきました
上海から電車で6時間、飛行機で2時間だったのが、橋が出来て車で3時間
なんと!海の上に36kmの橋。5月に開通し、現状トラックは通れない
土木は日本企業が絡まず、中国の技術らしい
一直線で、両サイドの景色は海(泥海)
途中にホテルを建設してる。観光名所になるという
快適に走っている時
『社長、この前、船が橋げたにぶつかり、一部橋が落ちたんですよ!』
弾んでいた会話が一瞬に凍り、沈黙・・・・

朴ちゃん!そんな情報いらんし






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2008年06月20日

金融機関の後援会の総会があり、毎年『講演会』を開催してくれます。
今年はメディアでお馴染みの「青山 繁晴(蠧販総合研究所・社長)」だった。
氏曰く『国内を語るときは、一切の利害関係から自由に、かつ左でもなく右でもなくまっすぐ真ん中から語り、国際社会を語るときは、日本だけの視点でなく国際社会の公正なルールの視点から語ります。』さらに現場主義と言う。

今回のテーマは『目覚める国民国家、わたしたちの日本』
自分の国は自分で守らないといけない。アメリカが守ってくれる等という幻想は政治家、官僚をはじめ国民は捨てなければならない。
北朝鮮問題がそれを物語っている・・・etc
最後に語られたのが、硫黄島(いおうとう)の話
講師の涙ながらの熱弁に、多くの人がハンカチを手にしていた。
そういう私も
色々な講演会を聞きに行ったが、これほど心を打たれて、この国のことを考えさせられたのは初めてだった。
懇親会の席で名刺を交わし、感謝の意を伝えておいた。
インターネットの関西テレビで同じことを話されている動画が発信されているので
再度聞いたが、昨日と同じ感動だった。
みなさん、一度聞いてみてください。下記アドレスです

http://www.ktv.co.jp/ktv/literacy/anchor.html

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